2012年12月2日日曜日

であい〜

小倉組の仏教入門講座にお参りした。ご講師は、伊藤元先生、講題は、なぜ仏法を聞かなければならないのか?仏法に遇うことで、自分の考えの枠がはずれる、物理的な幸せは、もちろん必要だが、それ以上に大切なことがあると気付いていく。悲しみの中にいても、大事なことをしるご縁であること、無駄事で終わらせたくない、と、心の底でうごめいているはず、豊かな心で生きていく、自分の感性を越えたものに遇っていく。信じようと思わなくても、信ぜずにはおれない教えに遇うことが、知らされていく。都合のわるいことのほうが多い例えば、老と死、この身の事実をどう、のりこえるのか?自分の考えが、通用しないということを教えてくれる。仏法に遇うと、悲観しなくても生きていける大切なことに気付かせてもらえる。念仏を申すことは、自我崩壊の音、と金子大栄師の言葉をあげられて、思い込みが壊されていくということを話された。最後に、出遇い、最初のであいだけが出遇いではなく、また、同じ人に出遇い直すことも出遇いであります…この人と縁があってよかった
!と、思えなければ、もったいないです。歳をとってよかった、と思えなければ、歳のとりがいがない人生になる。仏法に遇うと、自分の不完全さを知らされ、それを受け止め、でも卑下することなく、そんな自分にかけられている、願を聞いていくことです。といただいた。伊藤先生のご法話は、私にとって、うなづきとカウンセリングです。聞かせていただいて、元気になりました。私にとって、聴聞は元気!のご縁ですね。元気をいただいて、蕪と金時人参と柚子とコブで、三杯漬を作りました。この季節に、蕪と金時人参と柚子は、デアイモノですね。白赤黄色と美味しい彩りの完成です。出会う時には、ちゃんと出会えるね。私も、心を澄ませて、出逢っていきたい、受け止めていきたい、これからの自分と私を支えて下さる方々に…

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